一年前の今日、大きく揺れるスピーカーを手で押さえてた。
耳に残るのはガラスドアのぶつかる激しい音。
テレビをつけたら日本列島の太平洋側全部に津波警報を知らせる赤い線が点滅していた。
でかかったんだ、やっぱり。。。。
今だから思えるけれども、そこから先は、なんだか夢の中のことみたいです。
ツイッタ-を使い始めて情報を集め、テレビは嘘をいいはじめ、
ユーチューブでは津波の生々しい映像、そして原発がドカーン。
テレビでは永遠の映像のループ。納豆は買えない。マスクはしてない。
水の規制。避難所は足りてない余震及び各地での地震。
ほんとは電気は足りてたり、まさかそこまではやらないだろうと思うことが嘘だったり、
如何わしいことの中に真実があったり、この一年ほんとに多くのことを学びました。
耳に残るのはガラスドアのぶつかる激しい音。
テレビをつけたら日本列島の太平洋側全部に津波警報を知らせる赤い線が点滅していた。
でかかったんだ、やっぱり。。。。
今だから思えるけれども、そこから先は、なんだか夢の中のことみたいです。
ツイッタ-を使い始めて情報を集め、テレビは嘘をいいはじめ、
ユーチューブでは津波の生々しい映像、そして原発がドカーン。
テレビでは永遠の映像のループ。納豆は買えない。マスクはしてない。
水の規制。避難所は足りてない余震及び各地での地震。
ほんとは電気は足りてたり、まさかそこまではやらないだろうと思うことが嘘だったり、
如何わしいことの中に真実があったり、この一年ほんとに多くのことを学びました。
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小学校六年生。。。可愛らしく希望にあふれる響き。
1970年代。。。朝ランドセルしょって学校行ってみんなを笑わせて上機嫌で大笑いしながらただいまー!って帰ってきてお母さんがおかえりー!って。不思議な顔してあれっランドセルどうしたの?ってお母さんに聞かれて、あっ学校に忘れてきちゃった〜って。。。そんなのんきなわたくしが、あまりにも勉強しないので近所で一番優秀な芸大生のお姉さんにお願いをして、個人教授をしていただくことになったのです。けしてお金持ちの家の話でなく市営住宅内の話です。そうした集落にもたまに異質ないわゆる天才的ものが発生したのでしょう。超ポップなその先生(芸大生のお姉さん)の家には声も性格も風貌も美空ひばりに似たお母さんと二人で暮らてました。所帯を持ち、家を出たお兄さんは清水健太郎に似てました。週二回御宅に伺って勉強を教えてもらいましたが相変わらず頑固なまでに学校の勉強が苦手で苦痛しか感じてなかったと覚えてます。しかし、休憩時間や勉強が終わったあとの時間は喜びしか感じてなかったと覚えてます。
先生の机周りの世界が大好きでした。
本棚には宝島やガロやらいわゆるサブカルワールド、さいけでぇりっく〜な意味わからない粘土のオブジェ、キチガイな絵、奇妙なおもちゃ、ダサい古着、汚い昔のビン、何かの鍵、狼カットにする〜って書かれたメモ、ベイシティーローラーズのLP、ジュリーのポスター、アンルイス、うんこのおもちゃ、ブーブークッション、ラジカセ、ぶ厚い画集、難しい学問の本、創作中の変な作品の数々、そうした先生のぶっ飛んだセンスが多感な小学生のわたくしには刺激的すぎました。だから学校の勉強を教えてもらった記憶は残念ながら殆どなくて遊びの大勉強をさせていただいたとそう思っております。
そんなある日、近所のローカルデパート恒例の歌謡ステージショウにあのアンルイスが来る!と昼休みの教室で情報が飛び交い大変な騒ぎになりました。わたしがまっ先に頭に浮かんだのはアンルイスの大ファンだと知っていたので絶対に先生に知らせて会わせてあげたいと、もし家にいなかった場合とか、先に場所キープか?とか最悪の場面も想定にいれながらチャイムが鳴るまで足首ほぐしながら頭の中でシュミレーションしてました。そして、成功を祈ってました。
三時間後。。。
友だちとわたしはアンルイスが乗ってくるエレベーターに先回りしようと乗り込み二階に着きドアが開くとそこにはアンルイス。スーツの人たちに囲まれるように中に入ってきました。わたしは降りないことを告げて手をだして握手してください!っていってそのまま下までお供しました。あまりの美しさにこの世のモノではないような本当にこの人宇宙人なんじゃないかと思いました。そして大歓声の小さなステージに上がっていきました。グッバイマイラブ,etc...すごく感動して泣きそうになりました。人でごった返すステージのまわりサインを求めて並ぶ人々よく目を凝らすと色紙をもった先生が見えました。その時、よかった!見てたんだー間に合ったんだー色紙も買ったんだーと思いました。先生はアンルイスと握手して大泣きしてました。先生とアンルイスだけに天から光があたっているように見えました。小学生のわたしは男として人としてやり遂げた感をその時感じ学びました。今思えば、なけなしの生活費を切り詰めて月謝を払い期待を込め、かたや微々たるアルバイト料で出来損ないのわたくしを大事な青春の時間を割いて携わっていただいたことは本当に感謝の念を超えられません。
あの後、学校ではアンルイスのことを宇宙人の女の人(女神)と呼ぶようになりました。
最近、グッバイマイラブがループしてる。
1970年代。。。朝ランドセルしょって学校行ってみんなを笑わせて上機嫌で大笑いしながらただいまー!って帰ってきてお母さんがおかえりー!って。不思議な顔してあれっランドセルどうしたの?ってお母さんに聞かれて、あっ学校に忘れてきちゃった〜って。。。そんなのんきなわたくしが、あまりにも勉強しないので近所で一番優秀な芸大生のお姉さんにお願いをして、個人教授をしていただくことになったのです。けしてお金持ちの家の話でなく市営住宅内の話です。そうした集落にもたまに異質ないわゆる天才的ものが発生したのでしょう。超ポップなその先生(芸大生のお姉さん)の家には声も性格も風貌も美空ひばりに似たお母さんと二人で暮らてました。所帯を持ち、家を出たお兄さんは清水健太郎に似てました。週二回御宅に伺って勉強を教えてもらいましたが相変わらず頑固なまでに学校の勉強が苦手で苦痛しか感じてなかったと覚えてます。しかし、休憩時間や勉強が終わったあとの時間は喜びしか感じてなかったと覚えてます。
先生の机周りの世界が大好きでした。
本棚には宝島やガロやらいわゆるサブカルワールド、さいけでぇりっく〜な意味わからない粘土のオブジェ、キチガイな絵、奇妙なおもちゃ、ダサい古着、汚い昔のビン、何かの鍵、狼カットにする〜って書かれたメモ、ベイシティーローラーズのLP、ジュリーのポスター、アンルイス、うんこのおもちゃ、ブーブークッション、ラジカセ、ぶ厚い画集、難しい学問の本、創作中の変な作品の数々、そうした先生のぶっ飛んだセンスが多感な小学生のわたくしには刺激的すぎました。だから学校の勉強を教えてもらった記憶は残念ながら殆どなくて遊びの大勉強をさせていただいたとそう思っております。
そんなある日、近所のローカルデパート恒例の歌謡ステージショウにあのアンルイスが来る!と昼休みの教室で情報が飛び交い大変な騒ぎになりました。わたしがまっ先に頭に浮かんだのはアンルイスの大ファンだと知っていたので絶対に先生に知らせて会わせてあげたいと、もし家にいなかった場合とか、先に場所キープか?とか最悪の場面も想定にいれながらチャイムが鳴るまで足首ほぐしながら頭の中でシュミレーションしてました。そして、成功を祈ってました。
三時間後。。。
友だちとわたしはアンルイスが乗ってくるエレベーターに先回りしようと乗り込み二階に着きドアが開くとそこにはアンルイス。スーツの人たちに囲まれるように中に入ってきました。わたしは降りないことを告げて手をだして握手してください!っていってそのまま下までお供しました。あまりの美しさにこの世のモノではないような本当にこの人宇宙人なんじゃないかと思いました。そして大歓声の小さなステージに上がっていきました。グッバイマイラブ,etc...すごく感動して泣きそうになりました。人でごった返すステージのまわりサインを求めて並ぶ人々よく目を凝らすと色紙をもった先生が見えました。その時、よかった!見てたんだー間に合ったんだー色紙も買ったんだーと思いました。先生はアンルイスと握手して大泣きしてました。先生とアンルイスだけに天から光があたっているように見えました。小学生のわたしは男として人としてやり遂げた感をその時感じ学びました。今思えば、なけなしの生活費を切り詰めて月謝を払い期待を込め、かたや微々たるアルバイト料で出来損ないのわたくしを大事な青春の時間を割いて携わっていただいたことは本当に感謝の念を超えられません。
あの後、学校ではアンルイスのことを宇宙人の女の人(女神)と呼ぶようになりました。
最近、グッバイマイラブがループしてる。
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Profile
HN:
mumomumo
性別:
男性
趣味:
音楽 絵 料理 観察 夢想
自己紹介:
12歳の時に親に内緒でおこずかいを少しずつ貯めて近所のレコード屋で5000円のフォークギターを買い、チューニングに2時間。穴の中にピックを落として、とれずに1時間。課題曲-四季の歌-に5時間没頭していました。惚けてて、やさしくて、滑稽で、切なくて、神々しくて、そんなお互いの側面を共感できる表現をしていたいと思います。